2022年1月20日木曜日

ボートと飛行機の話(ヨット抜き)

 うちの地元に「盾津」という地名がある。

地名の由来は日本書紀を読んだ事がある人なら「あ、あれか」となる。

神武天皇(書紀ではイワレビコ)が東征にて、生駒山に住むナガスネビコと戦い

散々な目に遭って、盾で矢を防ぎながら船で逃げた。

盾の津で盾津。

その後、東に回って太陽を背に戦い、勝利して天皇になった訳。


盾津という地名、戦中は「盾津飛行場」があった。

その盾津飛行場を建設したのは、かの火の用人お爺さん「笹川良一」氏その人です。

笹川氏が昭和九年に陸軍に寄贈し、大阪陸軍飛行場として開場。

盾津飛行場と呼ばれるようになった。


さて、戦後の話になります。

GHQに接収された後、農地として払い下げられた。

またその後に、飛行場の一部はトラックターミナルとして開業。

東大阪トラックターミナルは大阪府都市開発株式会社の事業としてスタート。

都市開発はその後、泉北高速鉄道株式会社に社名変更。

その後、泉北高速鉄道は南海電鉄の子会社となる。


南海電車の子会社に住之江興業という会社がある。

住之江競艇場の賃貸・管理をしている会社である。

故に、ボートレースの冠に「ラピートカップ」と呼ばれるものがある。

競艇と言えば笹川良一氏。

笹川氏の故郷は箕面。

住之江競艇の主催施行者のメインは箕面市。


なんとな~く繋がってます。

別段、深い意味はないのだけれど、盾津という地はなかなかのパワースポットだと思います(笑)

ちなみに、私はそんな事も知らず、旧飛行場跡地に出来た「大阪機械団地」内にある

商社で営業マンをやっておりました。

今は仕事で毎日「盾津飛行場誘導路」を通り、休みの日はボートピア泉佐野の横を通り、船へ。

あ、そうそう。

競艇で使うエンジン、「ヤマト発動機」って会社が作っています。

神武天皇の日本書紀での名は神日本磐余彦天皇(かみやまといはあれびこのすめらみこと)

最初に戻ループ!(笑)

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